何故日本で晩婚化が進んでいるのか、についての個人的な考え

いわゆる『三代目問題』についてご存知でしょうか。
三代目問題とは、ある種の「盛者必衰の理」を表すものです。

一代目
生まれは貧しい。教育を受けていないが、貧しさから抜け出すために努力し、成功を勝ちとる。
二代目
生まれは貧しいが、親である一代目の成功と共に少しずつ裕福になる。小さい頃に貧乏を経験しており、教育もしっかり受けているため、堅実に成功を収める。
三代目
生まれた時から裕福。富を食い潰して終わる。

これ自体は創業者一族の栄枯盛衰のよくあるパターンとして知られるものですが、日本は国家的な三代目現象の真っ只中にいるのではないかと、僕は思うのです。

何もない状態から戦後復興を成し遂げた、祖父母の世代が一代目。
高度経済成長期に日本を世界第二位の経済大国に押し上げた、親の世代が二代目。
そして、僕たちの世代が三代目。

国家的な三代目問題の影響が、現在の日本社会を観察しているといたるところで見て取れますが、今回は「晩婚化」と三代目問題を結びつけて考えてみます。

「一億総中流」こそが晩婚化の原因だったのではないか

今ではほとんど崩れかかっていますが、日本社会の特徴を表す言葉として「一億総中流」という言葉があります。現在結婚適齢期と言われる人々の親は基本的に裕福です。さらに日本では核家族化の進行とともに、合計特殊出生率は下降の一途を辿りました。つまり僕らの世代は概ね

  • 親が裕福
  • 兄弟が少ない

という共通点を持っています。この2点から

  • 一人一人の子供の養育費に"かける"(かかるではない)金額の上昇

が考えられます。中流階級に相応しい、というならまだしも、場合によっては背伸びをした親も多くいるかも知れません。これはあくまでも僕の個人的な見解ですが、このような傾向は特に「一人娘」に顕著なのではないかと想像します。
人はそう安々と生活水準を下げることなどできません。中流から下流に落ちても何とも思わない人など、基本的には存在しないと僕は思います。
ということは

結婚することで生活水準が下がるくらいなら、結婚しない

という力学が働いたとしても何も不思議ではありません。
ところが残念ながら世はグローバル化の真っ只中で、裕福な親がさせてくれた生活水準を維持できるほどの賃金を稼ぐ人はそう多くありません。当の男性陣は、半ば諦めムードのなか現状の中でもがいていくしかありませんが、女性陣には中流に残る為の最後の抜け道「玉の輿」が残されているだけに諦めがきかず、ずるずると婚期を逃していく。
僕はこんな風にして晩婚化が引き起こされているのではないかと、ちょっぴり想像しています。