嫌なことの忘れ方
思い出すだけで心の中がざわついてしまうような嫌なことがあったとき、できるだけ早くそれを忘れてしまいたいと思う。しかし、いくら考えないようにしても、ふとした拍子に頭をよぎって暗い気持ちになってしまう。
生きていれば多かれ少なかれ誰にでもこういう時はあるはずだ。
そのようなとき、僕はエッセイを読むことにしている。それも、宇宙の深淵を語るような、あるいは自然の雄大さを歌うような、とにかく今自分が抱えている悩みが本当にとるに足らない小さいものなんだと気づかせてくれる、そういうエッセイだ。
大量の防腐剤を心に仕込んで、集中の切れ間にやってくる敵を迎え撃つ。
初めのうちはそれでもつらいが、しかし、意識をエッセイに戻す。
光と闇の間でシーソーを繰り返しているうちに、気がつくとその事を考えても心が粟立たなくなってきていることに気がつく。
そうしていつしかそのまま受け入れることができるようになっている。すると不思議ともう頑張って追い出そうとしなくても、向こうが勝手に頭の中から出ていってくれている。
今日は数学者として知られる岡潔のエッセイを読んでいた。「春宵十話」にこんな言葉が記されている。
よく人から数学をやって何になるのかと聞かれるが、私は春の野に咲くスミレはただスミレらしく咲いているだけでいいと思っている。咲くことがどんなに良いことであろうとなかろうと、それはスミレのあずかり知らないことだ。咲いているのといないのとではおのずから違うというだけのことである。
僕はスミレがそうするように、自分が信じるように進む。そのことが世の中にどのような影響があろうとなかろうと、それは僕のあずかり知らないことなのだ。
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