夜は短し歩けよ乙女(森見登美彦)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)
森見 登美彦
角川グループパブリッシング
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基本的に恋愛小説を読まない。全く読まない訳ではなくて、基本的に読まない。本作はその基本に含まれない稀有な恋愛小説である。いや、そもそも恋愛小説と呼んでいいのかも分からないが、そういうところこそが恋愛小説に否定的な僕をして本作を読ませしむる所以でもある。

何故そのように恋愛小説を避けるのかというと、芸がないと感じるからだ。テレビをつければシンガーソングライターが愛を唄い、街角では「アフリカの貧しい子供たちに愛の手を」と高校生が叫ぶそんな世の中にあって、何が楽しくて恋愛小説を読まねばならぬのか。

もう一つ、僕の個人的な体質の問題もある。恋愛小説に限らず、恋愛ドラマ、恋愛漫画と、とにかく恋愛という枕詞がつく系統のものを読んだり聞いたりすると、無性に背中が痒くなるのだ。安易な大衆迎合へ走ったそれらの作品に心を許すなと深層心理が訴えかけてきているのかも知れない。

では何故この本は読んでも問題が無いのか。

一つは舞台が京都であるということ。京都に住む身としては、長い夜を歩き抜いた先斗町や、古本市が行われた糺の森、最後に主人公達が待ち合わせをした今出川通沿いの進々堂などなど、内容の如何に寄らず、とにかくその時々に登場人物が立っている場所を追いかけるだけで、下手な映像作品の何万倍も、その情景に引きこまれてしまうのだ。

そして、もう一つが森見登美彦氏の創りだす、よく分からない珍妙な世界だ。冒頭でそもそも恋愛小説と呼んでいいのかと書いたが、氏の作品はむしろファンタジー色の方が強く、まぁ一応恋愛要素も含まれてますからここは恋愛ファンタジーということで手を打ちませんか、てなもんである。

このような「京都を舞台とするが故の地に足の着いたリアリティ」と「現実感の無いファンタジー世界による浮遊感」の絶妙な配合こそが本作の真髄である。よって、僕の背中がむずむずすることもなく、面白おかしく読破に至ったのであった。

ちなみに本作は山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれている。また、氏の次回作である「四畳半神話大系」ともクロスする部分があるので、そちらも合わせて読むことをお勧めしたい。